ポーリッシュポタリーとは
ポーリッシュポタリーの特徴
ハンドメイド
ポーランドのボレスワヴィエツとその周辺の地域で製造されているポーリッシュポタリー(ポーランド食器)は、大小様々な陶器メーカー(製造元)によって作られています。
同一地域から産出された陶土を使い、昔ながらの手法と製造工程を経て形作られ、海綿などに模様を彫ったものをスタンプするなどの手作業での細かな絵付けが施され、高温で焼き上げられるという共通点持っています。
各工程で一つ一つの陶器に職人による手が加えられ、なかでも職人による絵付け作業は最も手間と時間がかけられています。
数多くの柄と形
形においてもテーブルウェア用の様々な形体があり、サイズも小さなものから大きなものまで豊富です。小さなボウル類は小鉢として、大きめの中鉢や盛皿として相応しいものも多く、和食との相性がとても良いことも特徴的です。
その他、置物、花瓶、植木鉢、ソープディッシュ、ユテンシルホルダー、ペット用のボウルなど食器以外のフォルムも色々と作られています。
丈夫で安全
受注生産品
膨大な絵柄と形を持っているハンドメイド陶器であるため、各製造元は在庫を持ちません。全てが流通業者の発注によって製造される受注生産品。商品が注文されて製造されるまでには3ヶ月以上(製造元によっては半年以上)かかります。それらが海上輸送によって日本に到着するまでに約2か月。食品検査や通関などの諸手続きを経るため、ひとつの商品が日本に来るまでには半年以上かかることになります。
迷っている間に売り切れてしまった、というお声もよくいただきますが、ご希望の商品が再入荷されるまでにとても時間がかかってしまうのは、受注生産品であるという事情によります。
歴史
ドイツ国境に近いポーランド南西部の町ボレスワヴィエツ(Bolesławiec)とその周辺で作られる陶器は、アメリカでポーランド食器の代表的な食器として「ポーリッシュポタリー」と呼ばれるようになりました。
この地域に流れる2つの川(クフィサ川とブブル川)の流域は良質な陶土に恵まれたことから、14世紀ごろから陶器製造が始まったといわれています。
こんにち知られているポーリッシュポタリーはスタンプによる絵付けの技法を基盤としているのですが、この技法が確立した経緯は2度にわたる大戦を通してドイツの侵攻があったことと大きく結びついています。第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけてボレスワヴィエツは一時的にドイツ領となり、この時に移住してきたドイツ人がこの地域の陶器産業を礎にして陶器製造会社を設立しました。この会社が考案した海綿を使ってスタンプする絵付けが、現在のボレスワヴィエツ陶器に受け継がれその製法の特徴となったのです。
第二次世界大戦後ボレスワヴィエツがポーランドに返還され、また国家体制が社会主義に移行したことによりほとんどの陶器製造会社が国営化されました。やがて多くのドイツ人がボレスワヴィエツの地を離れ、作り手がポーランド人で占められるようになりました。
そして、社会主義体制が終わりを告げた1990年代始めに、ドイツに駐留する米軍の家族たちがドイツ国境を越えてボレスワヴィエツへ旅行に出かけるようになり、それがきっかけでボレスワヴィエツ陶器が注目され始めました。その後軍人の家族がアメリカ本国へ帰る際に食器を多く持ち帰ってホームパーティなどで使用したことからアメリカで一気に人気が高まったのです。
さらに2000年にかけて、ボレスワヴィエツの陶器製造会社は大きく変貌を遂げます。ドイツ領だった頃の伝統的な製法と絵柄を踏襲しつつ、細かい絵付けができるように海綿だけでなくウレタンを使うなどさまざまな新しい試みを重ね、柄の多様性、芸術性を高めるだけでなく、その品質と安全性で市場から高い評価を得て、ポーランドを代表する陶器として世界的に認知されるようになりました。
絵付けについて
ポーリッシュポタリーの特徴のひとつでもある種類豊富な絵柄。ひとつの製造元で数百から多い所では数千という種類にのぼります。そして、それらは伝統的なパターン(絵柄)、複雑で緻密、多様な色使いのパターン、絵筆によって絵画的に描かれているアーティスティックなパターンなど多岐にわたります。
製造元によって、柄を3段階から5段階にクラス分けし、そのクラス毎に価格が設定されています。目安としては次の様なランク分けがされています。
ポーリッシュポタリーは、プリントによって柄付けされる量産品と違って、職人によってひとつひとつ絵付けされるハンドメイド製品であるため、絵付けされる手間と時間が同じフォルムでも異なります。そしてそれは価格に反映される、という特色があります。
絵付けを動画で見る
製造工程
陶土の採掘からブレンド、空気を抜く作業などは採掘工場で行われますが、それ以降は各メーカーによって一つ一つが手作業によって行われていきます。
陶土
近郊の採掘場で露天掘りされた陶土は、陶土を加工する専門の工場で、不純物を取り除き、空気を除いて水分調整され、陶器用の粘土として各製造元に運ばれます。
成形
棒状や板状にして納品された粘土は、各製造元で陶器に姿を変えます。
シンプルな形は型押しでの成形
複雑な形は液状の粘土を石膏型に流し込み成形
形成の仕上げ
石膏型から外し、型の跡などを滑らかに磨きます。そして、半乾きのうちにマグカップの取っ手やふたの持ち手などのパーツを取り付けます。取っ手に液状の粘土を浸けてボディにぴったり取り付けていきます。
ナイフで型の跡を削る
パーツをとりつける
湿らせたスポンジで表面を磨く
素焼き
陶器の成形後、しっかり乾燥させた後、800度前後で素焼きにします。これにより強度を高め、絵付けをしやすくします。
絵付け
スタンプや筆による手描きなど、様々なパターンの絵付けがなされます。
スタンプはもともと海綿が使われていましたが、現在は少し強度のあるウレタンも使われているようです。この模様のついたスポンジは、ナイフによって削って作られたり、レーザーによって作られたりしています。
施釉
絵付けの終わったものは、ひとつひとつ釉薬に潜らせていきます。焼き上げの際に、台に接着する部分の釉薬は拭き取られます。スプーンなどは、持ち手に穴を開けて吊り下げて焼いたりもします。
本焼き
釉薬掛けの終わったものを並べて1200〜1300℃の高温で本焼きし、出来上りです。
Boleslawiec(ボレスワヴィエツ)ってこんなところ
ポーリッシュポタリーは、ドイツとチェコの国境に近いポーランドの南西に位置するボレスワヴィエツという小さな町で作られています。歴史的資料によると、1251年に都市として成立し、陶器の製造は14世紀から始まったといわれています。
<ボレスワヴィエツの市のロゴマーク>
そんな陶器の里「ボレスワヴィエツ」の町の様子や周辺のスポットをご紹介してみます。
ヨーロッパの旧市街の作りと同様に、ボレスワヴィエツにも街の中心には、市庁舎、教会、広場があります。広場は人々の憩いの場所の一つでもあるので、広場を囲むように商店やカフェなどもあります。
上の写真は、ピアスト王の門。町の入口である門に掲げられた紋章です。
「聖マリアと聖ニコラウス教会」
左は市立公園、右は通りの風景です。
<陶器博物館>ボレスワヴィエツの陶器の歴史を知ることができる博物館です。発掘された古いボレスワヴィエツの陶器などを通して、出土された古い陶器などを見ることが出来ます。
<鉄道高架橋(Wiadukt kolejowy)>
1846年に完成したブブル川(Bobr)にある鉄道高架橋は、長さ189m、ヨーロッパで一番長い高架橋の一つです。ローマ時代の高架橋の様式をもとに、建築家Frederyk Engelhardt Gansel(フレデリック エンゲルハルヅト ガンセル)によって2年間(1844-1846年)で作られました。
小さな町なので、ちょっと市街地を離れるとこんな景色が広がっています。広い広い菜の花畑は菜種油のために栽培されています。畑には、小麦、じゃがいも、とうもろこし、ホップ、ビーツなども栽培されています。ちょっと北海道と似てますね。
- 2025.07.31
- 15:58







